この話題は、これまでも断片的には触れてきましたが、
一度きちんと整理して言語化しておいた方がいいと感じたので、
順にまとめてみます。
① 同じ人が、相手ごとに違う話をすることはあるか
あると思います。
ただし、それは必ずしも「嘘をついている」というより、
都合のよい切り取りを、相手ごとに変えている
という形で現れることが多いように感じます。
典型的には、次のようなパターンです。
ある立場の相手には
「他の関係先の問題」「自分は調整役」
別の立場の相手には
「判断待ち」「こちらは対応するつもり」
現場や協力関係にある人には
「上の判断がまだ出ていない」
第三者には
「誤解がある」「話が大きくなっている」
こうした説明のずれが重なると、
情報が混線する
不満や違和感が溜まる
ただし、責任の所在がはっきりしない
という状態になりやすくなります。
違和感として感じられる場面の多くは、
ここに原因があることが少なくありません。
② すべての人が境界を試すわけではない
これは重要な違いだと思います。
境界を試さない人は、
相手の立場を尊重する
自分の利益のために踏み越えない
ルールや線引きがある前提で動く
といった姿勢が、
特別に意識しなくても内在化されていることが多いように見えます。
このタイプの人にとっては、
境界を「試す対象」として捉える発想がない
試すという行為そのものが、あまり浮かばない
そのため、
「なぜ、そこを試すのだろう?」
という疑問を持つことになります。
③ 境界を試す行動が見られやすいのは、どんな場合か
境界を試す行動は、
誰にでも見られるものではなく、
ある程度、傾向が限られているように感じます。
例えば、次のような要素が重なっている場合です。
・操作的なやり方で得をしようとする場合
情報をずらす
相手の反応を見る
押せるかどうかを探る
・自身の立場を過大に捉えている場合
暗黙の優位を期待する
・金銭や責任の所在を曖昧にしたい場合
誰かに負担を被せたい
・境界が機能しにくい環境に長くいた場合
押した者勝ちが常態だった
こうした状況では、
まず「境界があるかどうか」を確認する
反応が返ると、そこに留まろうとする
といった行動が見られることがあります。
④ 境界が明確な場面では、問題は長引きにくい
境界があらかじめ示されている場面では、
試しても反応が返らない
説明や感情で揺さぶる余地がない
追加の期待が生まれにくい
という状態になりやすくなります。
結果として、
試しても何も起きない
→ 試す意味がない
という構造が成立し、
問題が長引かないことが多くなります。
結論として整理すると
・相手が、立場ごとに異なる説明をしていた可能性はある
・ただし、すべての人が境界を試すわけではない
・境界を試す行動は、特定の状況や動機と結びつきやすい
・境界を試さない人は、引けないのではなく、最初から守っている
・境界が明確な場面では、問題は構造的に長引きにくい
境界を試さない人は、
境界を引けない人ではありません。
むしろ、
最初から境界がある前提で行動している人だと感じます。
このブログは投資ブログですが、
経営や投資を長期的な視点で考えていくと、
人や構造の話に行き着くことも多くあります。
そうした背景も含めて、
今後も折に触れて整理していくつもりです。